広島地方裁判所 昭和50年(ワ)827号 判決 1976年11月30日
原告 加島賢四
右訴訟代理人弁護士 岩垣雄司
被告 金子修郎
右訴訟代理人弁護士 小中貞夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し別紙物件目録記載の物件を引渡せ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
三 請求原因
1 原告は別紙物件目録記載の太刀一振(以下本件太刀という)を所有している。
2 被告は本件太刀を占有している。
3 よって原告は被告に対し所有権に基づき本件太刀の引渡を求める。
四 請求原因に対する答弁
請求原因1の事実は不知。同2の事実は認める。
五 抗弁
仮に本件太刀が原告所有のものだとしても、被告は訴外免出(現姓原田、以下免出という)清茂から、「氏名は明かせないが某刀剣商の依頼である」として金員借用申込を受け、これに応じて右免出に対し昭和四九年一二月一八日に、弁済期を昭和五〇年八月二五日と定め金二七〇万円を貸付け、その際右貸付金の担保として免出の占有する本件太刀等につき停止条件付代物弁済契約をなしたが、右弁済期日に弁済がなかったために停止条件の成就により被告が同日代物弁済として本件太刀の所有権を取得したものである。
六 抗弁に対する答弁
抗弁事実のうち免出が刀剣商の依頼で本件太刀を担保に被告から借金したことは認めるが、その余は不知。右刀剣商は訴外小瀬秩史であり、原告は右訴外人に対して本件太刀を預けていたものである。
七 再抗弁
1 免出が被告から借金をする際の説明が被告主張のとおりとすれば隠密裡に金融を依頼しているのであるから、被告は本件太刀を公然と取得してはおらずまた免出が所有者でないことにつき悪意であったこととなる。
2 仮に免出が所有者でないことにつき善意であったとしても免出は刀剣とは無関係な会社員にすぎなかったのに昭和四九年一二月以降続々と短刀、鎧等数十点を被告方に持ち込んでいたのであるから、免出の本件太刀の占有権限に疑念を生じなかったことには過失がある。
3 また免出に金策を依頼した匿名の刀剣商が本件太刀の所有者であると被告において信じていたとしても、貸主である被告としてはその氏名を免出に尋ねるべきであり、にもかかわらず氏名を明さないとしたらそのような者を所有者と信ずることには重大な過失がある。
4 さらに本件太刀には広島県教育委員会による登録証が貼付されていたのであるから、被告は本件太刀が免出ないし小瀬の所有でないことを容易に知り得たものである。
八 再抗弁に対する認否
再抗弁1、2、3は争う。同4のうち本件太刀に登録証が貼付されていたことは認めるが、これには所有者の住所氏名は記載されていない。
九 証拠《省略》
理由
一 《証拠省略》によれば、原告は本件太刀を所有していたことが認められる。また被告が本件太刀を現在占有していることについては当事者間に争いがない。
二 《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。
小瀬は広島市内で刀剣商を営んでいて、刀剣の売買をするとともに、客の刀剣を預って鑑定および研磨もしており、原告も鑑定等のため本件太刀を小瀬に預けた。免出は小瀬の店によく出入りをしていた者であるが、小瀬は金策のため自己の店にある刀剣を担保に借金をしてくることを免出に依頼した。免出は昭和四九年一月三一日に以前鎧を見てもらって面識のある美術商の被告方へ赴き、刀剣一振を担保に金二六〇万円を借り受けた。その際免出は「ある刀屋が金を必要としている。その名は信用にかかわるので明かせないが私を信頼してほしい」旨説明した。(また免出はその際貸主が被告であることを小瀬に明らかにせず、小瀬がこれを知ったのは本件太刀が被告に引渡された後の昭和五〇年二月ごろである。)以後免出が小瀬の依頼により被告から借金をし、その担保として刀剣類(小瀬自身の所有物もあるが、客から預り小瀬が占有していた物も多数含まれる。)を被告に預けること数十回に及んだ。原告が小瀬に預けた本件太刀はその一環として昭和四九年一二月一八日金二七〇万円の担保として他の太刀一振とともに停止条件付代物弁済契約の目的物として被告に引渡された。免出が直接に接触したのは被告の店を事実上運営していた被告の妻金子郁子であるが郁子は店の信用にかかわるならば名前を明かさないのもあやしいことではないと考えそれ以上に詮索することもなく本件太刀を預かった。(なお本件太刀は登録証が貼付されていたが、その所有者名は記載されていない。)また被告は美術商とはいいながら刀剣類はあまり取扱わず、しかもその取引相手は主として東京方面の業者であったため、本件のような量の刀剣を所有してこれを担保に借金をする広島の刀剣商とは誰であるか疑問をもってつきとめることもしなかった。免出の被告に対する借金は本件太刀を担保にして借受けた金二七〇万円を含め合計六四一六万円に達していたが、その弁済期である昭和五〇年八月二五日に弁済がなされなかったので停止条件の成就により代物弁済として被告は本件太刀を取得した。
三 以上認定の諸事実を総合すれば、被告の免出からの本件太刀の取得が公然性を欠くものと認められず、又被告が取得に際し免出が依頼を受けた刀剣商が本件太刀の所有者でないことにつき悪意であったとも認められない。そこで過失の有無について検討すると、免出が所有者である刀剣商の名を明かさず、被告もそれをあやしまなかったとしても、借金を申し込む者が外聞をはばかり自己の名を明かしたくないということにも一理あり、それだけで所有権限に疑いを生ぜしめるものとはいえない。また数十点に達する大量の刀剣類を自ら所有して担保として運用しうる刀剣商が広島の誰であるのか被告が疑問を持たなかったことも被告は従来広島の刀剣商と取引がなかったというのであるから過失ということはできない。さらに本件太刀には登録証が貼付されていた(この点は当事者間に争いがない)が、その登録証には所有者の住所氏名は記載されておらず、この場合被告に、所有者の氏名を教育委員会に照会すべき義務があるとまではいえない。しかも免出と被告の金銭貸借関係は昭和四九年一月三一日から始まっているが、以後本件太刀が被告に引渡されるまでの間には、借金を返済して担保として預けられていた刀剣類が返還されていたこともあり取引は順調に行なわれていたという実績も認められる。以上を総合してみても被告が免出から本件太刀を取得した際に、匿名の刀剣商をその所有者であると信じたことに過失があるとは認められない。
従って被告は本件太刀の所有権を民法一九二条により即時取得したものと認められる。
四 よって原告の被告に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 平湯真人)
<以下省略>